大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

静岡地方裁判所 昭和57年(ワ)13号 判決

原告

キタハイ農業協同組合

右代表者理事

鈴木七蔵

右訴訟代理人弁護士

上野修

被告

白瀧哲

右訴訟代理人弁護士

小長井良浩

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

理由

一原告は、静岡県榛原郡下の金谷町、川根町、中川根町、本川根町の四町の区域を管内とする農業協同組合であり、被告は、昭和四六年五月四日から昭和五五年四月二五日まで原告の専務理事、同月二六日から同年一二月一一日まで原告の組合長であったことは、いずれも当事者間に争いがない。

二1  被告は、原告の名において、(一)昭和五五年二月九日、日興証券から、第一五回6.1パーセント国債(額面六億円)を、五億九、九四〇万円で買受けて取得したこと、(二)同年三月二二日、山一証券から、第一四回6.1パーセント国債(額面五億円)を、四億七、六七三円で、第八回6.6パーセント国債(額面八億円)を、七億九、五九四万四、〇〇〇円で、それぞれ買受けて取得し、(三)同年四月二三日、日興証券から、第一五回6.1パーセント国債(額面二一億円)を、二〇億九、七二四万九、〇〇〇円で買受けて取得したことは、いずれも当事者間に争いがない。

2  そして、原告の定款五八条三項には、県信連など農林系統預金の合計額は、余裕金総額の三分の二を下ってはならない旨の規定があることは当事者間に争いがないところ、〈証拠〉によれば、前記1の(一)ないし(三)の国債の買受け取得により、昭和五五年四月三〇日現在において、九、九八九万七、三四一円の系統預金の不足が生じたこと、同年五月三一日現在において、一一億三、九二七万〇、三二四円の系統預金の不足が生じたこと、同年六月三〇日現在において、二二億〇、〇四八万七、二二二円の系統預金の不足が生じたことが、いずれも認められ、右認定に反する証拠はない。

3  原告は、被告の前記国債の買受け取得が定款に違反する違法、不当な行為であり、損害賠償責任を負うべきであると主張するので、この点について判断する。

(一)  〈証拠〉を総合すれば、次のような事実を認めることができ、この認定に反する〈証拠〉は、採用することができない。

(1) 原告は、静岡県榛原郡下四町の基幹産業である組合員の生産する茶の集荷、加工、販売等の業務活動を行っている農業協同組合であるが、原告の主幹業務である茶業が、第一次オイルショック以降、山本嘉子治組合長の思惑違いから、昭和四八年を頂点に下降線をたどって販売が停滞し、毎年度多量の在庫茶が発生して組合経営の重圧となり、このままでは、原告の財政が破綻し、通常の組合運営では、この重大危機を乗り切ることは極めて困難となった。

(2) そこで、被告は、鈴木七蔵総務委員長の提言もあって経営のガンである在庫古茶を思い切って原価を割って出血販売し、これによる膨大な赤字を補填する方策について熟考したが、結局、経営危機を乗切るためには、国債取引の財務による打開策を講ずるほかはないと考え、県信連の指導を受けたうえ、山本嘉子治組合長に進言し、着地取引等により増収をはかり、在庫茶出血販売による膨大な赤字を補填する財源をうみ出し、組合財政を健全化するという、常勤部の理事会に提案する財務方針を合議した。

(3) そして、被告は、昭和五三年九月一六日、総務・茶業合同委員会を開催、委員の意見を求めたところ、値引をしてでも、早期に販売すべきであるとの意見が大勢であったため、次の理事会に在庫茶の販売について提案することに決し、昭和五三年一〇月七日開催の理事会において、担当の高岸実平茶業課長を通じ五〇年度、五一年度の在庫茶の状況を報告し、これの処理対策に関して検討してほしい旨要求した。

これに対し、各理事とも、在庫茶を早急に処分すべきであるとの意見であったが、その赤字をどのように補填するかについて妙案が出なかったので、被告は、常勤部の方針として、在庫茶の販売によって生ずる赤字を埋め合わせて行くには多少枠を超えても有価証券を取得して利益を得なければならない旨説明して了承を求めたところ、特に異論がなく、同理事会において、昭和五〇年、五一年、五二年産の在庫茶を原価を割って処分するが、これによる赤字を補填し、さらに出資配当もできるようにするため、定款の枠を超えて有価証券を取得することを全員異議なく決定した。

(二) ところで、農協法五二条の三は、農協の財務基準については政令によってこれを定めるものとし、農業協同組合財務処理基準令(〈証拠〉)は、八条において組合の余裕金の運用目的を定めているが、そこでは、余裕金は、「国債証券、地方債証券、政府保証債券又は農林中央金庫若しくはその他の金融機関の発行する債券の取得」等の目的以外の目的に運用してはならない旨規定しているにすぎず、余裕金運用枠については何らの定めもなく、他方、農協法二八条は、組合の定款に記載すべき事項を定めているが、その記載事項中には組合の余裕金の運用の目的ないし運用基準に関する事項はなく、定款の任意的記載事項にすぎないものとされているのであるから、組合の定款中に余裕金の運用についての記載があっても、組合が所定の手続により、組合経営の実情に応じ、定款の記載を変更して余裕金を弾力的に運用することも許されないものではないと解するのが相当である。

そして、このことに、被告が国債を買受け取得するに至った経緯を総合考慮すれば、前記国債の買受け取得について理事である被告が組合の理事として尽すべき任務を怠ったものと断定することは困難であり、そのことによって被告が原告に対して損害賠償責任を負うべきいわれはないといわざるを得ない。

三1  被告は、有価証券を取得するため、原告の名において、県信連から、(一)一〇億円を、昭和五五年六月三〇日から、同年一二月三一日まで、借入利率8.5パーセントで手形借入をしたこと、(二)同年四月二六日以降同年一〇月二日までの間に四回に分け、計三〇億八、七五〇万七、三二七円(内訳、経過利息も含め、同年四月二六日六億〇、六六一万七、四八一円、同年五月二六日一二億九、四五八万三、〇四〇円、同年六月三〇日一一億六、五三四万七、九〇二円、手形書替のため同年一〇月二日二、〇九五万八、九〇四円)の当座借越による借入をしたことは、いずれも当事者間に争いがなく、〈証拠〉によれば、昭和五五年四月一七日に開催された総代会において、昭和五五年度の借入金の最高限度額を三億円とする旨の決議がなされたことが認められ、右認定に反する証拠はない。

2  原告は、被告の前記借入が総代会の決議に違反する違法、不当行為であり、損害賠償責任を負うべきであると主張するので、この点について判断する。

(一)  〈証拠〉を総合すれば、次のような事実を認めることができ、〈証拠〉もこの認定を覆すに足りず、他にこの認定を左右するに足りる証拠はない。

(1) 昭和五五年四月一七日の総代会開催当時、原告としては年度内に多額の有価証券を取得するなど多額の資金を要する業務活動が計画されていなかったため、例年どおり借入金最高限度額を三億円に決定した。

(2) ところが、昭和五五年五月頃までには、金利が下がりつつあるので、国債の取得は有利になるという明るい見通しとなり、下期には債券相場の好転が確実に予測されたので、農協中央会及び県信連の指導協力により、債券を買取ることにした。

そこで、昭和五五年五月二〇日総務委員会において、鈴木七蔵総務委員長のもとに、債券を取得すれば定款枠を超えるが、昭和五三年一〇月七日理事会で定款枠を超えての取得を決議しており、約定による受渡期日に買取ることを、次の同年六月七日理事会に提案して審議を受けることに決した。

(3) 同年六月七日の理事会においては、鈴木七蔵総務委員長から、さきに開催した総務委員会の結果について詳細に報告し、了承を求めたうえ、議事に入った。

藤田幸男総務課長から「昭和五三年度の在庫茶の処分にあたり、予測される欠損を補うため運用した有価証券が、その後の金利情勢の急変により思わしくなくなったので、県農協中央会・県信連へ相談したところ取得限度を超過するがこの際取得する方がよいとの指導であるので取得したい」旨説明した。

席上、秋山初吉理事は、取得する金額、経緯等について質問し、同課長は、「昭和五三年の決算で出資配当も出来ない状態では困るので資金を使わず、いわゆる投機的のような方法で利益を得ようとしたものであり(着地取引)、この運用が金利の急上昇のためうまくいかなかったのが実情である。金額は月末が期限でありまだ日もあるのではっきり言えないが、二〇億円から二三億円位になると思う」旨答えた。

鈴木七蔵理事は、「有価証券は金利情勢によってその相場が左右されるものであり、利益のあがるときもあるがそうでないときもある。しかし、それは評価の問題であって償還期限がくれば元本は償還されるので心配ないと思う」と発言し、賛成した。

栗田猶一郎理事は、「総務委員会としては、中央会・県信連の指導で取得しようとするものであるし、見通しも明るいようでありまた、組合長(被告)がこのことに精通しているので、なるべき早期に正常なものとするということで了解した」と発言し、国債を取得するについて、「心配ないし、見通しも明るいから、理事会もこれを了承する」として、賛同し、理事会で了承された。

(4) そこで、原告は、右理事会の決定を受け、有価証券取得のため、県信連から金銭を借入れる交渉を進めたが、その交渉の過程において、県信連から年度内に返す条件付きで、一〇億円を特別融資してもらうことになり、なお不足分については当座借越でまかなうということになったが、被告は、右借入れや当座借越については直接関与しなかった。

(5) そして、昭和五五年八月二六日の理事会において、有価証券取得などのため県信連から総額二〇億円の限定内で融資を受け、また、総額四四億円の限度内で当座借越を受けることなどについて承認され、また、昭和五六年四月二二日開催の総代会において、有価証券取得などのための右借入れや当座借越などの件については異議なく承認された。

(二) ところで、組合の総代会において借入限度額について三億円とする旨決議されても、その総代会決議後、事業運営上資金需要を生ずれば、臨時に理事会がこれを変更する旨の決議をして対処し、後日、総代会に報告して承認を求めることも許されなくはないと解されるし、右一〇億の借入れについては、昭和五五年一二月三一日に一括償還されていることが証拠上明らかであり、しかも、昭和五六年四月二二日の総代会において承認されていることが明らかであるから、県信連からの前記借入れについて理事である被告がその任務を怠ったものと断定することは困難であるというほかない。

四1  被告は、原告の名において、(一)昭和五五年二月二七日、野村証券から、第一五回6.1パーセント国債(額面一億七、〇〇〇万円)を、一億六、九四七万六、四〇〇円で買受けて取得し、(二)同年七月一二日、山一証券から、第一五回6.1パーセント国債(額面二七億六、〇〇〇万円)を、二七億五、九九四万四、八〇〇円で買受けて取得したこと、はいずれも当事者間に争いがない。

2  原告は、被告の前記国債の買受け取得は実勢価額を無視した取得であり、理事としての善管注意義務等に違反するとして損害賠償責任を負うべきであると主張するので、この点について判断する。

(一)  〈証拠〉を総合すると、昭和五四年度決算期において、決算処理上資金が必要となったので、被告は、原告が保有中の国債を買戻条件付で売却することによって必要資金を調達することが有利であると判断して、いわゆる現先取引を行って、その間の資金繰りをつけ、また、被告は、原告が保有する国債を一つの証券会社に集結することが、将来売却する際の引合において、好条件で交渉ができるなど有利であると判断し、日興証券から取得した国債を売却したうえ、山一証券から、第一五回6.1パーセント国債(額面二七億六、〇〇〇万円)を取得したことが認められ、右認定に反する証拠はない。

(二) 右に認定した事実によれば、被告のした前記国債の買受け取得が原告に利益をもたらすことになったか否かはともかく、被告としては、原告の経営の立て直し、営業成績の挽回をはかろうなどと期待して行ったものというべく、その判断に著しい誤りがあったとか、被告において、理事あるいは組合長として、原告のため忠実かつ真摯に職務を執行することを怠ったと認めることが困難であるから、原告としては、被告に善管注意義務等の違反があったとして損害賠償を請求することはできないというべきである。

五よって、原告の本訴請求は、その余の点について判断するまでもなく、理由がないから、これを失当として棄却することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官塩崎勤)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例